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3.11から1.17で思うこと
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    3・11から6年。
    当時、地元神戸にいたので直接地震の影響はなかったのですが、
    阪神淡路大震災を経験しているので、ほんとうに他人ごとではないということ、
    さらに個人的なことですが、地元の友達が結婚して仙台に住んでいたので
    連絡がつくまでは気が気ではなかったのを思い出します。
    (彼女は今も元気で暮らしています)



    阪神淡路大震災からは今年で22年がたっています。
    2年前、20年目の節目の年にTBSで放送していた「ORANGE」というドラマ。



    20170311_022759




    震災当時の消防士さんたちの話を聞いたものを舞台にした、
    ということは聞いたことがあったけれど、
    見たことはなかったので、録画しておいたんです。
    けれどその時はなぜか見ることができなくて、
    今年になってようやく見ることができました。

    当時私の実家は、半壊で済んだのだけど
    近所一帯は、今ではすべて変わってしまっています。

    このドラマを見て思い出したことがありました。
    震災が起きた当日か、次の日だったかは覚えていないのだけど、
    実家から少し離れたところから火の手が上がっていました。

    もしかすると家の方にも来るかもしれないと、貴重品などは持ち出すくらいの時間は十分にあり、車に避難させていました。
    消防車も何台か到着し、これで一安心と思っていたけれど、
    何台到着しても一向に消火活動をする様子がありませんでした。

    そう、防火水槽には水が残っていないなかったんです。

    そのうち風向きが変わり、どんどんうちの方に火の手が向かってきていました。
    他にも家の中から持ち出したいものがあったけれど、
    立ち入り禁止になってしまい、どうすることもできなくなっていました。

    このまま何もできずに家が燃えるのを見てるだけなのかと思うと、
    家族3人、ただただ茫然とするしかありません。
    母親は、お金や財産がなくなってしまうよりも、思い出がなくなってしまうことに
    ショックを受けていました。
    せめて少しの写真だけでもまとめておけばよかったと。

    今ならデータはクラウドにあげておけばどこからでも見られるけど、
    そんなもの当時は夢のまた夢でした。

    すると消防士さんたちに動きがありました。
    火の手が上がっている場所の周りの建物を壊し、
    それ以上延焼を防ぐ、破壊消火を行っていたのです。

    江戸時代の消火方法らしいのだけれど、水がないための苦肉の策だったのでしょう。

    そのおかげで消火までには時間がかかったけれど、延焼することなく
    今でも実家は健在です。



    あのときの消防士さんたちにはすごく感謝をしていますし、
    それまでもたくさんの現場を目の当たりにしてきたとは思うのですが、
    当時はそこまで思いが及ぶはずもなく、
    このドラマを見るまで考えたこともなかったのですが、
    22年たってからみることができて、本当によかった。










    | 日記・コラム・つぶやき | 03:20 | comments(0) | - |
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